RSS | ATOM | SEARCH
直江兼続が謙信を否定 「謙信はもう古い」
天地人〈上〉
天地人〈上〉
火坂 雅志(著)

第1章を読み終えた感想です。

天正4(1576)年の夏。武田信玄はすでに死に、織田信長は京に君臨し、上杉謙信はいまだ健在という時代です。

主人公の樋口兼続(のちの直江兼続)は、上杉家の「絶対的なカリスマ」である上杉謙信を尊敬しつつも、謙信のやり方では「激しく変化する世の流れに、もはやついていけぬ」と考え、「謙信にはなしえない、兼続自身の方法論」を模索しています。

川中島の古戦場を見に来たのも、そのヒントを探すためでした。

長年、上杉と武田が川中島で牽制し合っている間に、「信長はするすると西へ兵をすすめ、京に旗を立てて」しまいました。

17歳の兼続は「川中島の合戦は無駄であった」と思っています。自分なら「時と兵力を浪費せず、まっすぐ京をめざした」と。

兼続は謙信のことが好きです。

好きですが、謙信という「絶対的なカリスマ」を乗り越えて、自分のやり方を見つけようとしているんですね。

謙信が「生涯不犯をつらぬいた」のに対し、兼続は巫女を相手に「生身の若い男と女」になります。

これも“謙信とは違う”兼続の生き方を暗示しているように思えました。

『天地人』の感想はコチラにまとめてあります。
author:あーりー, category:戦国時代(直江兼続の歴史小説), 02:43
-, -, pookmark